放射線実測図の放置と大川小学校 本文へジャンプ
 

2012/06/22
政府が、フクシマの事故直後、米国から提供された放射線実測図を全く活用していなかった事が、この6月18日の新聞で報道されました。外務省に電子メールで入った情報を、経産省の原子力安全・保安院と文科省にすぐ転送したそうです。しかし、両者とも首相官邸や原子力安全委員会に伝えていなかったそうです。
文科省は独自に測定する事にこだわったため、1か月以上経った4月22日、飯館村等の計画的避難区域に指定しました。SPEEDIは制度が不十分だから公表しなかったと言っていながら、米国の実測図を受取っていた事は隠していたのです。これが子供達の教育を指導している文科省の体質だったのです。
前から、現場を知らないお役人達が、教育制度や教員システムにあれこれ手を出している事に不審を感じていましたが、ここまで、文科省の体質が一般の正常な人間の感覚と離れているとはと唖然としました。

そこで思い出したのが、石巻の大川小学校の惨事です。学校にいた約80人の子供達の70人近くが犠牲になったあの北上川河口近くの小学校です。この学校は、海岸からは離れているとはいえ、直接見えないだけで、低地で、いかにも海沿いを思わせる川よりも低い感じの場所にありました。校長が居なかったので、避難の方法を決められず、40分後にすぐ近くの裏山を尻目にして川沿いの高台(と言っても小学校より高いという程度)に行こうとして津波の襲われました。裏山に登らなかったのは、避難してきたお年寄りがいて、登れないと判断したからという事でした。登れる人だけでも登らせてと思わなかったのだろうか。恐怖で吐く子もいたほどの揺れだったのに、何故先生達は、通常とは異なると考えなかったのだろうか? 
大川小学校の話を聞いた時、私は、教師自身が自分で判断する事が出来なくなっているのだろうと思いました。いつも校長のいう事を聞いていて、或いは自分の意見を言う自由が無くなった教員室になっていて、指示待ち人間ばかりだったのではと。校長がいない時には、何も出来ない先生達。校長がいる時に大地震が起こっていれば、こうはならなかったのだろうと。尤も、責任回避に終始する学校側の態度を考えると、結果は同じだったのかもしれませんが。
文科省がずっと進めてきた校長の権限強化と管理強化、その結果が大川小学校の惨事を招いたと思わないではいられません。現場の事、生徒の事、それらを置き去りにして管理だけに集中している文科省の政策が、多くの考えない先生を産み、考えない生徒を産み続けているように感じるのは、私だけでしょうか。
橋下大阪市長の教育現場の管理強化も同じ流れになっているように思われます。
文科省も橋下市長も早く目を覚ましてほしいです。一人一人が自分で考え、自分で判断出来る人間を育てていかないと本当に日本の未来は亡くなってしまいます。

放射能によるゆっくりとした身体のdegradationと教育による脳のdegradationによって、日本民族は、世界から消えてしまうのではと心配になっています。